親愛なるニールへ
私はこの手紙を、私と神との関係が悪くなっていると最近感じて落ち込み、混乱と怒りの感情から書いています。
私は昨年からうつ病であることに気付いています、それは生活の多くの面(全部ではないにしても)に影響を与えています。子供の頃や家庭内の体験の蓄積で、その結果今や自律神経が正常に機能せず、思考もうまく働かない、危機的状態だと思います。専門家にアドバイスを受け、サポートグループにも参加しています。けれども、今では神にとても怒りを感じる”深刻な魂のうつ”のようです。
この12年間、神との関係を深めていき、発展させていくことに人生を捧げてきました・・東洋の伝統的な教えを学び、実践し、本来の自分、信念を明らかにするように生きていこうとしました。 神との対話から大いに慰められもしました。
にもかかわらず、うつはますますはっきりと現れて、時々、この身体で生きていてもこれ以上望みはない、と自ら命を絶ちたくなります。神は私を見捨ててしまった・・私は真剣に魂の教えを学び、実践してきたと信じていますが、それがより多くの落ち込み、混乱、苦痛をもたらしたように感じます。
現在30歳です・・人生の大きな転機が2つあります・・親になること、それと大学を卒業し福祉関係の職で経験をつむことでした。たくさんの望みや希望がありましたが、全部吹き飛ばされてしまったように感じています。大学卒業後すぐに、青少年教育の指導者の職に就き、最初は楽しく働いてましたが、時が経つにつれ多すぎる仕事とそれにまつわるストレスが、処理しきれないほどになりました・・私は退職しましたが、キャリアも積めない、親として家族の面倒もみれない、特に私が大学在学中に経済的な面倒をみてくれたパートナーに対してすまない、すべてに失敗してしまったと感じています。
家族と、神と、周囲の人とのつながりが以前よりないような気がします。親としてまだ慣れてない自分がいて、私よりも子供が多く、育児がうまく行っている人たちと私を比べてしまいます。数年前に働いていた障害者福祉施設でまた働く事ができ、そこではどんな問題でもうまくこなせ、人から尊敬され、私自身価値があると感じられる、すばらしい場所です。けれども、家庭に戻ると落ち込みます。夜中ずっと起きている赤ちゃんの世話に私もパートナーも疲れ果て、家は散らかっているのに家事を避けています。
自分の子供さえも避けている毎日です。息子に対しては完璧な親でいたいのですが、彼といっしょにいるときの私の精神状態は悪くなる一方です。パートナーに悪影響を与えてるように、息子にも影響を与えないか心配です。親であることと、スピリチュアルに生きることを両立させるのは難しすぎます。
私は神に怒りを感じています、なぜならば私たちのお手本である、悟りを開いたマスターたち(仏陀、キリスト、クリシュナ、ヨガナンダ、)はまず、隠遁者で、家族に対して何の責任もなく修道的な生活をしていたからです。仏陀は妻や子供を残して悟りを追い求めました。(仏陀の話が神話だったとしても)家庭を持っている人にとってなんのお手本になるのでしょうか?
神との対話でいつもでてくる、「私たちが現実を創造している」、創造したものに私たちは責任がある、という教えにも怒りを感じています。神は人類が分離という幻想を創造したと主張しているようですが、神はこれらのすべての責任を放棄しているように思えます・・神が「神ではない部分を経験するために、彼自身を分離した」張本人です・・ですから人類が創造したこれらの分離という幻想の責任の一端を神も担わなければならないのです、単に「私たちが自身の現実を創造している」と言うだけではなくて。
私のような家庭持ちが家族への責任を果たしながらワンネス(Oneness)の現実を悟ることは、ほぼ不可能のように思えます。要求やプレッシャーが私の魂の修行を難しくさせています。家庭があるといろいろ責任もあり、時間とエネルギーを使います。一方、僧侶や修行者はすべての時間を祈りや瞑想に使いますが。
私が言ったように、人の親でありながら覚醒し悟りを開いたというお手本になる人はいません。ほんとに不幸で悲しい事です。二ール、私は本当に生きることをあきらめ、スピリチュアルな道を捨てたい想いに駆られます・・これ以上苦痛に耐えられません・・私には重過ぎるのです。人生に疲れ果て、落ち込んでいます。今生は失敗だったと思う時もあります。ただ、ただ、怒り、絶望しています。この暗闇も過ぎ去ると思いたいのですが、トンネルの向こうに光を見るのは難しいのです。
二ール、あなたがこの文章を読んでくれることを期待はしていません、答えてもらうなどは言うまでもなく・・私がこれを書いているのは・・少しでも私の心の苦痛が解放される事を願ってのことです。
心より、
ブランコ
親愛なるブランコ、私に助けを求め、この手紙を書いてくれて、ほんとうにありがとう。そのこと一つとってみても、はあなたが次の段階への気づきへと行こうとしている表れです。たくさんの人があなたのように分岐点に到達しても、それ以上進むことなく、自己覚醒の探求をやめてしまいます。ですから私はここまでくる事の出来たあなたに感動し、誇りに思います。あなたは真の誠実な探求者です・・そして私はあなたに知っておいて欲しいのですが、あなたがしたように、道の途中で他人に助けを求めるとき、あなたは「そこ」に至る半分以上の道のりに達していることを。これが私たちが地上に存在する理由です:お互いの旅を助け合うためなのです。
状況を把握してみましょう。
ブランコ、最初に気がついてほしいことは、あなたはたった30歳であり、悟りへの旅というものは一生の探求になりえるのです。私は50歳でゴールまでもう少しというところへ来るのにたくさんの困難、苦難、試練を乗り越えてきました。
さて、落胆させるつもりはありません・・あなたが望んでいる状態へたどり着くのに半世紀もかける必要はないということです。今すぐにでもそこへ行くことはできますし、ポン!と突然次の気づきの段階へいくかもしれません。もっと後で真の自分自身を経験することを選択するならもう少し時間はかかることでしょう。私の言いたいことは時間が必要だということです。あなたにとっての今現在の修行は忍耐です。これがあなたのマントラです。今の課題です。いまの旅路です。
「覚醒の技術」にはたくさんの修行があります。10、20、100以上かもしれません。それには:忍耐、理解、感受性、自制、許し、恐れないこと、自己愛、すべての生命・他人・場所・状況を無条件で愛すること、判断しないこと、規律、足ることを知ること、創造性、適応性、変化、誠実、責任、そして開放があります。
ここにあげたのはほんの少しで、もっとあります。
これらの「修行」は私たちが神性のある特定の側面を実践するための機会です。それは「あなたが何者か」そして「あなたが何者になりたいか」の特定の側面のことです。ひとつひとつの修行が瞑想です。人生の特定の側面についての瞑想、あなたとしてあなたを通して表現すること、それは高い意識に到る道の踏み石です。
これらの瞑想には順番にまたは同時に、速くまたはゆっくりと、関連しあったりあるいはばらばらに、あるいは時にそれらのどのような組み合わせでも入っていけるでしょう。
ほとんどの人にとって何が起こっているのかわからないのが難しいところです。実際には彼らが人生のメニューの中からこれらの経験を「注文」したことを知らずに、自身の完全な悟りに入る宴会を楽しんでいるのです。事実、彼らはこれらの瞬間と状況を悟りへの障害と見ています、これらは入口なのに。
「あなたが本当は何者か」であることを修行する時には、自分自身に対して開いていなさい。
個人個人で違う道を創っていますが、行き先・・気づきの場所・・は同じです。あなたはあなたの真のアイデンティティーに目覚めていきます、そしてそれを行なう手段としてあなたの人生の環境や状況を使うのです。
ですからすべての状況を祝福し、祝福し、祝福しなさい、そしてそれらの真の姿を知りなさい:それはあなたにとって、「あなたが本当は何者か」を表明しそして宣言し、表現し達成する、経験してそうなるための機会なのです。
キリストがはりつけの刑を経験したこと、仏陀が長年にわたって探索と激しい自己鍛錬に励んだこと、そしてすべての人間がいかなる瞬間にも自分自身を見つける状況を創るのもまさにこの理由のためなのです。
それが現れるままにその瞬間を迎え入れ、その瞬間と恋に落ちる時こそ、変容の真の体験の中で、その瞬間その場所で善きものに転換し、そしてあなた自身も、人生の苦痛や失望から開放されるのです。
これが悟りのすべてです。
あなたの妻と結婚生活を祝福しなさい、なぜなら両者ともあなたに自分自身の神性を知りそして経験するための、そして特別な方法であなた個人の修行をするための、機会をもたらしてくれたからです。あなたの赤ちゃんを祝福しなさい、なぜなら彼はあなたとあなたの妻の呼びかけに応えて送られた、そして彼自身の魂の呼びかけに応えて降りてきた、あなたがたが浸っている集合的現実の完璧な共同創造の場に現れた天使だからです。
さてブランコ、あなたは正しいと言わせてください。家庭人の道は、かつて私たちの間を歩き悟りを開いた人たちを思い浮かべるときによく聞く道ではありません。けれどもこれがすべての本当のマスターの道です、なぜならこれがマスターがマスターであることを示すことのできる、場所であり道だからです。
あなたはキリスト、仏陀、他のマスターたちはこの道を歩まなかったと言いましたね、でもこれだけは言わせてください:すべてのマスターたちはある人生で、または別の人生で経験しているのです。というのも家庭人の道は最も厳しい道で、最大の試練だからです・・ですから最大の機会なのです・・そして今まで存在したすべてのマスター達が歩いたのです(その意味するところは、かつて存在した魂のすべてということ、なぜならすべての魂はマスターだから、そして全部の魂が究極的にはそれを経験するのです)。
あなたの人生の状況を、忌むべきものではなく祝福として、障害ではなく機会として、試練ではなく宝物としてみるならば、その時あなたは、あなたが経験しようと求めてきたものを、自分で自分のために創造する途上にあるのです。
さてブランコ、あなたの個別の状況に関連して、あなたに言いたいことがあります。
#1 「失敗」などというものはありません(それは頭が作った幻想です)、そして青少年教育の仕事を辞めるという決断は、あなたが人生で下した一番賢いものかもしれません。
あなたは「仕事への不満」と「ストレス」のために辞めたと言いましたね、でもここではっきりと言いますが、あなたにピッタリ合った仕事ならば決して「不満」を感じることはありません。それは正反対です・・人はそれにうんざりすることなどできません。ですから、あなたが「不満」に感じたという事実は、あなたが自分に合わない場所で合わないことをしているという確かなしるしなのです。
ストレスについて言えば、それは常にSignal Truthfully Revealing Everyone’s Soul Sense すべての人の魂が感じていることを正直に知らせるシグナルです。
あなたは「common sense 共通の感覚、常識」について聞いたことがあるでしょう?それは「soul sense 魂の感覚」のことです。これは生命が私たちに、違う道にいるよと教えてくれているのです。それはあなたの魂が、本当の自分を経験するのに、この創造行為が必要ないことを伝えているのです。あなたがストレスを感じるときは、自分自身に向かうのではなく、離れて行っていることを知っておきなさい。あなたは真の自分に近づいているのではなく、遠ざかっているということを知っておきなさい。
ですから、あなたが「ストレス」を感じて、それに対して手を打つことは(あなたがしたように)、それは失敗ではありません。それは成功なのです。
あなたは人生で最大の挑戦に成功したのです:自分自身に耳を傾け、自分自身の声を聞き、そして自分自身に応えたのです。あなたが自分自身に近づき、自分が本当は何者なのかを、そして今どういう在り方を選んでいるかを知っているのです。
それは勇気のいることです、臆病者にはできません。強さがいります、弱ければできません。何年も長く嫌いな仕事にとどまっているのは弱い人です。その人は地上で価値のある人物として「求められるもの」を満たすために「そうしなければならない」と信じているのです。
「求められるもの」とは頭が創りだした幻想です。あなたは幻想から脱け出して、「私はそれをする必要がないのだ」と言いました。それは的を射たしるしです、外したのではありません。それは「マスター」のしるしです、「ミッサー」(ミスした人)ではありません。あなたは今「合っていると感じる場所」で働いているのです。あなたがまだしていないことは、そのことを充分受け入れて、自分自身を褒めてやり、感謝することだけです。
#2 「親らしくするのが」難しいからといって、自分をそんなに責めたり、自分はダメだと感じなくていいですよ。それはとくに初めて親になった人たちには普通のことです。
あなたは、もっとたくさん子供がいるのに「とてもうまくやっている」ようにみえる他人と自分を比べていると言いましたね。はい、もちろん彼らはそうです。彼らは今ではもう何年も子供がいて、しかもあなたが言ったとおり一人以上いて、ですから彼らは親らしくできるようになったのです、あなたがちょうど今学び始めたそのことを。ですから、そう、彼らはどうすればいいかを学んだので、いまうまくやれているのです。
世界中の親ならみんなこう言いますよ、最初は大変だけど段々楽になるよってね。ですから自分自身を長年の経験がある親と比べるのはまったくフェアじゃありません。もういちどあなたに言います、自分に時間をあげなさい。ここで休憩しなさい。この子が大きな贈り物であることを身をもって知る日が来ます。今でもそんなふうに見ることがあるでしょう。でもそのとおりに経験する日が来ます。
#3 神に対して怒ることはまったくかまいません、そうなるのが当然だとあなたが感じることを私は理解できます。けれども、私はあなたに次のことを注意点として述べます:もしあなたが、自分が自分の現実を創っているという考え方が嫌ならば、その考え方を無視してもいいですよ。あなたの現実が他人によって、あるいはあなたが影響を及ぼすことのできない力や状況によって創られているというふりをしなさい。
多くの人たちが、ものごとが彼らを通して起きているのではなく、彼らに降りかかってくると考えたがります。人生の犠牲になっていると感じることは、ときには努力をしない楽な生き方においては慰めになります。この考え方を少しの間、道具として使うことは役に立つことがあります。あなたを「打ちのめし」、しかもあなたや他人に起きたことに対して「罰を与えない」まま「犠牲を強いる神」に対して、怒ることによって鬱積したマイナスのエネルギーを少し抜いたり、解放したりできるからです。このマイナス感情を下ろすことはあなたの役に立ちます。というのもそれがあなたのエネルギー場を掃除して、プラスの考えを頭に入って来る通り道を開くからです。
この分野でブランコ、あなたに2冊の本を薦めます。ジェリー&エッサー・ヒックスの「求めよされば与えられんAsk and It Is Given」を買いなさい。それとヒックスの生徒だったリン・グラボーンの「失礼します、あなたの人生がお待ちですよExcuse Me, Your Life is Waiting」を買いなさい。その教えとメッセージはとても役に立ち、そして強力なもので、もうひとつの「価値あるもの」です。
一度神を感じるのに役立ったすべてのマイナス感情を味わってしまえば、あなたの最良の友であり、いかなる時にもあなたに最も役立つものをくれる神との、より現実的で心躍る、より喜びに満ちそして尊敬できる関係に戻ることができるのです。
#4 あなたはこう言いましたね、「神は、私のように家族に対して責任のある家庭人にとって、ひとつである(Oneness)という現実に目覚めることをほとんど不可能にしてしまったように思えます」、なぜなら、あなたがこう表現したように、「要求とプレッシャーがスピリチュアルな修行をすることを難しくしているからです。」と。
私は本当にそのように感じることを認めそして理解しています。しかし、スピリチュアルな修行が「特定な形」である必要はありません、実際にはいつでも行なわれていることなのです。ブランコ、あなたの生きる人生があなたのスピリチュアルな修行なのです、そして人生のすべてが瞑想なのです。ですから私は、たくさんの「覚醒の技術の修行」の中のいくつかを先にリストをあげたのです。
ブランコ、覚醒しているということが、最高のスピリチュアルな修行なのです、それはあなたが今経験している以上の時間を必要とはしません。私たちは覚醒するために必要なすべての時間を常に持っています、なぜならば覚醒するということは、人生からなんらかの形で離れて行なう活動ではないからです。
ですから、あなたの人生でいかなることが進行中でも、あなたは覚醒することができます。そして実際、あなたの人生に起きていること次第では、あなたはもっと覚醒できるとはっきりと言えます。あなたはその瞬間を使い、人生を「修行」として経験するだけでいいのです・・それぞれの瞬間を、あなたが本当は何者か、そして何者になることを選択するかを創造して表現する修行に使うだけです。
しかしながら、それを踏まえたうえで、私はあなたの、深い静寂と内なる神性とのつながりの時を創るための機会を希求する気持ちが理解できます。あなたのハイアーセルフとの静かで優しい経験以上にリフレッシュできることはありません。うれしいことにブランコ、子供や家族のことや、仕事上の責任で手一杯の忙しくて熱苦しい生活の中でも、それができるのです。なぜならばそれは、ほんの少しの時間しかかからないからです。
絶対性の領域(そこはあなたが深く神とひとつになった時に、あなたの意識が入る領域です)では、時間が延び縮みします。実際には、時間はまったく存在しません。ですから相対性の領域で私たちが時間と呼んでいる尺度で、わずか10分か15分で深いつながりと癒しの効果が得られるのです。それはあたかも何時間も、あるいは何日間も休んだかのように感じることができます。この効果は時には驚異的なものがあります・・様々な瞑想法を実践した人たちが証言しているように。
私が「能動的瞑想」と呼ぶ、上に挙げた訓練に加えて、たくさんの「受動的瞑想」に入る方法があります、そして内なる自己とつながれるのですよ、ブランコ。少し前に私は私の読者の求めにに応えて、それについて短い文章を書きました。もしあなたが「瞑想の技術」についての私の文章が欲しければ、言ってください、あなたに送ります。それは私が書いたものの中で一番要望が高いもののひとつです。あなたのリクエストをAskNeale@nealedonaldwalsch.comに送ってください、そして標題のところに瞑想と書き込んでください。返信のEメールで送ります。
ブランコ、私はあなたがスピリチュアルな道をあきらめないことを願っています。私はあなたが今感じている痛みが理解できます。それは産みの苦しみです。あなたは自分自身を新しいレベルに産み出そうとしています、それは常に終りのない苦闘の期間として私たちの相対的現実の外部世界に現れる、並外れたそして奇跡的な内と外両面の変容なのです。ブランコ、私の最良で最高のアドバイスは、終りのない苦闘の最中にいる誰かを見つけること、そしてあなたが関わることを通して、その人を生命と神の愛においてその人自身を新たに生まれ変わらせ、安らぎと明晰さに到達するのを助けることです。これをしなさい、ブランコ。そうすればあなたは直ちに自分自身とその人を癒すでしょう・・なぜならすべての真の癒しはヒーラー(癒す人)の内面で起きるからです。
私はあなたへの回答を準備することによって再び癒されました。私はこの答えを作成することによって、人生の最も深い真実と最も壮大な喜びを理解する中で、もう一度生まれ変わりました。ですから、私はあなたに借りがあります、あなたが便りをくれたことに感謝しています。ブランコありがとう、あなたの贈り物にお礼を言います。
神の永遠の愛とともに
二―ル
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日本語翻訳: HTジャパン翻訳チーム 喜瀬ひとみ/近川 満
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